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チェンマイ旧市街の主な寺院を巡る。最初はワット・チェディ・ルアン。ここの屋外の休憩所で、一人の女性が編み物をしていた。ふと、顔を見てしまったのだが。。。白塗り、ハミでた紅、真っ青のマブタ…という理解できんメイクだった。普通に他のおばさんと喋っとったので、ヤバイ人では無いんやろうけど…
仏塔は登れない。中には黄金の仏像が祀ってある。周囲には新しい寺院やお坊さんの寮がある。チェンマイはお坊さんが多かった。どこの寺院にも大規模な寮や住居があった。



この寺院は犬が多かった。時々ケンカをする。犬の寄付BOXがあった。


お坊さんの寮。オレンジの袈裟が干してある。



雨が降りそうである。寺院の周囲にあるゾウは、一部の面は崩れたようで無かった。お坊さんと喋れる教室みたいなのがあり、他の寺でもこのようなコーナーや看板を見た。説法なんか、世間話なんか?

新しい寺に行った。めずらしい、藁葺きの仏塔。賽銭を入れる鉢。ここで賽銭を入れて旅の無事を祈った。目的の寺院に行く途中にいくつかの小さい寺があり見学する。




めずらしい果物。美味そうに見えん。ここから、旧市街を出て先に遠くの寺に行きたくなった。しかし、渡れないのである。旧市街を囲む大通りは何車線もあり、信号が無い、車の列が途切れないのだ。
いつも思うが、アジアの都市で、一方通行の3〜4車線が続く途切れん道を、現地の人はどうやって渡るのだろう、と。向こう側に行きたいが不可能である。諦めた。旧市街に戻り、堀を一周した。けっこう広かった。歩道の工事中も多い。アイスコーヒー飲んで休憩した。美味かった。数ヶ月ぶりに昼間カフェでゆっくりした気がした。



ワット・プラ・シンへ。大規模な寺院である。ここで、ブッダの教えにより、心が浄化されてしまったのである。本堂内部の美しい壁画は絵巻物。本堂の仏像は神々しく光り輝いていた。


庭のベンチでは、旅行者がお坊さんと話したり、勉強している若者がいた。この庭の木一つ一つに、看板があった。よく見ると、タイ語と英語で書いてある。それは、仏の美しい教えだった…全部携帯で撮影した。

一つには「許すことは良いことです。忘れることが最も良いことです」、と。今の自分にあてはまる言葉であった。
それは意味していた。空港の迎えが無かった(ムカついた)ことを、忘れなさい、と。…即効忘れた。
「Dhamma」とは、パーリ語で「ダンマ」。調べると、法則、真理、教法、説法を示す。”仏教の教え”という意味で解釈して良いだろう。心から、そうですね…と、思えた。


これらを全て読み終えた頃には、完全に読む前よりも心が清められたのである。自分は仏教徒では無い、無宗教だが、最近仏教づいてきただけの偽者。しかし、日頃「正しい事」を知る機会は皆無やから、余計に心に染みたのである。
”悟り”と自分なんぞが言うのは罰当たりである。しかし、少し、”悟る”ということが分った気がした。チェンマイに来て、本当に良かったと思えた。もう一度、祈りを捧げた。