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カレン族の村に到着。今夜の宿泊場所である。トレッキングの距離は短く感じた、もっと歩いても良い気がした。荷物を宿泊所に置き、村を見学した。住居が8軒ぐらいの村である。藁葺きと木造の高床式の民家である。




給水施設。この村はプーエコトレッキングが支援して、ソーラーシステムがあった。


イノブタ。向こうに見えるのは学校。先生は常時いないのだ。チェンマイの街から遠いので、通勤が困難なのだと。バイクで通勤するのだが、距離が遠いのでガソリン代がかかるのも苦しいのだ。日本でいう小学校にあたるらしい。カレン族は、タイ語では無いので、学校でタイ語を習うのだという。
村人は普通であった。写真を撮っていても気にしていないようだ。母親が掃除をしたり、若者が家を修復していた。老人が鳥にエサをやっていて、そこに行くとトリが肩と頭に乗ってきた。



屋根は藁葺きで、側面が葉。なんか声がする。「おーい」ふりむくと児童が民家に隠れた。まあ、外人が来て写真を撮っているので、おもしろいんやろうな。





児童たちが、隠れながらついてきた、とうとう姿を現した。手招きして、デジカメの画面を見せる。一人勇気のある子供に、ポーズを教えた。


↑旅行者用の宿泊所。中には蚊帳と寝袋、毛布がある。↓はシャワートイレ。


暗くなってきた。脱穀機のようなものか?

宿泊所の横に、食事をする屋根がある。一家族が食事などの世話をするようで、ガイドと食事の支度をしている。「SAKEです」コップに入れてある液体を味見すると、日本酒であった。「あ、ジャパニの酒と同じですね」「アジノモトもあるよ、今日は豚肉です」



トゲのある草。食事の用意を手伝う子供。この子は旅行者の世話をする家の子供なので、人懐っこく、写真を撮ってくれとせがんだ。他の児童はあまり、よそ者に慣れていないようである。
夕飯ができた。スープと豚肉炒め、米。美味かった。ビールもある、50BT、高いが飲んだ。運ぶのが大変なので高いのだ。




食事が終わり、なんか喋っていると、ガイドのおっちゃんが来た。彼はビールを飲んでいたのだが、迎えが遅れたことをまた言い出したのである。「あのとき、ゲストハウスにいた人たちは、日本人の客ですか」「?あのときおったのは、宿の人と台湾人旅行者だけですが?」「私は2回、宿に電話したんですが。宿の人が、日本人旅行者だと思ったんですよ」…なんか、ずっと気にしていたようである。こっちは忘れたことやけどな。朝の迎えの要領は悪かったが、良い人やと思った。トレッキング中のガイドも良かった。
この一帯にはこのような小さい村〜数は忘れた〜点在しているのだという。約10年前、村の産業の一つに大麻栽培があった。当時、外国人旅行者が来ては吸っていたというが、今は大麻の栽培や販売は政府に禁止されている。
昔は猿が多かったので、猿狩りに行っていた。猿は食用だった。今は猿を見ることは無いようだ。
パチンコが始まった。こういう村で、旅行者が楽しむアクティビティーの一つである。缶を狙って、みんなが打ち出した。村の若者がNZに言った事。「これ僕が作ったんですよ、20BTで買わない?」彼は購入したようで、私は買わなかった。さすがに村の子供達はうまかった。実際にパチンコで鳥を狩っているのだ。


「今から、子供達が歌を歌います、村の歌です」子供が椅子に並んで座った。一人が頭をぶつけたようで泣いた。


児童たちは、嫌がっているようでもなかったので、妙に安心した。かといって、楽しんでいるようにも見えなかったのだが…まあ、村でのもてなしの一つということで。
そして、プレゼント贈呈。アメリカ人はお菓子、NZカップルは文房具と紙。ジャパニは、何も用意していなかった。少し、そういうプレゼントを持っていくべきか、考えたのだが…このとき、年長の若者が、大事そうに配分した。本当に、物を大切そうに扱って、みなに平等に配る。
それを見て、用意すればよかったと後悔した。児童たちはそれぞれプレゼントを抱えて帰宅した。夜なので児童達は疲れているのか、はしゃいで大喜びということは無かったのだが、それ以前に、「物を大切にする」という心、人に感謝しているのが分った。村の子供が、鉛筆1本、紙一枚、クッキー一片でも、必要で現実手に入れるのが、容易ではない、ということが。
次の日ガイドが言ったのだが、村の人はチェンマイの街のひとよりも、貧しいと。

NZの女の子は疲れたので先に寝た。まだ9時前である。寝れんな〜ビールを飲みながら、昔飲み屋でやったような、マッチを並べるパズルみたいな頭脳ゲームをした。使用したのは小枝である。難しかったのでなんもわからんかった。

こんときに村の若者のネタがあった。「オーマイブッダ」。これは欧米系に非常に受けていた。